それは、とある晩の事だった。

遅い夕食を終えテレビを見ていると、何処からともなく「カリカリッ、カリカリッ」という音が聞こえた。

数日前から痕跡もあり、ソイツの正体が何なのかおおよその察しはついていた。
その音がする薄暗い方へ静かに忍び寄り、そこに置いてあった物をサッと退かすと
黒い影がササッと家具の後ろへ素早く消えて行った。

　「ああ、やっぱり」

思ったよりも小さいその影を確認するだけにして、その晩はそのまま寝た。



正直、あまり家の中に居て欲しくない存在なのである。
人間の管理下にあるならまだしも、ソイツは人の家の中を勝手気まま、自由に駆け巡り
ちょっと困ったイタズラをする。
その上、ソイツが住み着くと人間の健康にも悪影響を及ぼしかねない。
これは即刻退去願わなければなるまいと、買って来た罠を仕掛けて一晩置いた。
翌朝、まさかすぐには無理だろうなと思いつつ確認しようとすると、まず最初に細長い
紐のような物がチラッと見えた。

　「あっ、掛かってる！　たった一晩で？」

床の上に置いた罠の中を頭を傾げて覗いてみると、逃げようと必死でもがくソイツが居た。
一昨日の晩見た影と同じで、やっぱり小さい。



　　　苦手な人がいるかも知れないので最初の画像だけはモザイクを掛けました。
　　　クリックするとモザイク無しの画像がポップアップで表示されます。
　　　

そう、正体はネズミ。細長く見えた物は尻尾である。
いつからコイツが無断で我が家に居候していたか、確かな事は分からないがおそらく最近である筈。
何分こんな事は初めてなので上手くいくかどうか全く見当が付かなかったが、こんないとも簡単に
罠に掛かってしまうとは、間抜けな奴め。



罠は粘着剤が塗られた紙製のシート。
ゴキブリホイホイを強力にしたネズミ版の、いわゆる「ネズミホイホイ」である。
おびき寄せる為の餌が付属していなかったので、以前木製スプーンに油を塗るのに使った
クルミの残りを置いた。


　　　

この強力な粘着剤のお陰で、大型のドブネズミならまだしもこんな体の小さいネズミでは、どう逃げ
ようと必死でもがいても一旦掛かったら最後、脱出は不可能なのである。

　「うーん、それにしても小さいネズミだね」

まだ子供なのか、それとも野ネズミのような小さい種類なのか？
取り敢えず種類だけでも確認しようとネットで検索してみたところ、どうやらこいつはハツカネズミらしい。
ハツカネズミというと体毛が真っ白で目が赤く、ペットとして人間に飼われるヤツを思い浮かべがち
だが、あれは単に繁殖させたアルビノであって、通常は目が黒く褐色の体毛なのだそうだ。
草地・田畑・土手などに生息し、寒くなってくる秋冬に人家や倉庫へ入り込む場合があるとの事。
他のネズミよりも警戒心が薄いという記述もあるので、まんまと1発で掛かった事は頷けるが
何でまたこのクソ暑い時期に我が家へ入り込んだのやら。
えっ、もしかして冬から居たの・・・？



さて、罠に掛かったはいいが、その後の始末に悩んでしまった。
昔は、金属のカゴ式ネズミ取りに掛かったヤツなんかは、丸ごと水に沈めて溺死させたりしたようだが
いくら害獣とは言え生き物、自分の手でトドメを刺すのはいささか気が引ける。
ならば、この状態のままホイホイごとビニール袋に入れて、燃えるゴミと一緒に捨てるのはどうだろう。
命ある生き物を生きたままゴミとして出すのは非道徳的で残忍だが、その場で殺すよりは気が楽な筈だ。

助けてくれと懇願しているのか、思いっきりの罵詈雑言を浴びせ掛けているのかは分からないが
ハツカネズミは「チューチュー」というよりも「キーキー」と聞こえる悲痛な鳴き声を、小さな体を
振り絞り、まるで叫ぶかのように時折上げている。

仕方がないのだ。
こんな事したくはないが、勝手に家の中へ入って来たお前が悪いのだ。
お前にしてみればとんだ災難だろうが、こうするしか方法はないのだよ。

許しておくれ・・・。



　つづく

　(上編・中編・下編の3回に分けます)