しかし、体は染み込んだ油で濡れたままである。
拭いただけでは完全に落ちないこの油を何とかしなければならない。
しかし、洗うにしても一体何で洗えば良いのやら?
子供の頃にハムスターを飼った事はあるが洗うような事は無かったし、いつしかネズミを洗う日が
来るなんて事も予想だにしなかった。
調べてみるとハムスターは水で洗ってはいけないらしいが、この油まみれのハツカネズミ場合
洗わない訳にも行かないだろう。
ウチには犬猫が居ないのでペット用のシャンプーなんぞも無いし・・・。
悩んだ結果、普通の石鹸で洗うことにした。
犬猫ならいざ知らず、こんな小さい生き物を石鹸なんぞで洗っても大丈夫なのか?
皮脂が落ち過ぎたり、目や耳に入ったりして悪影響を及ぼしたりはしないのか?
色々と不安はあったが、他に良い方法も思い浮かばなかったので取り敢えずやってみた。
仮住まいとして入れておいたプラスチックボックスの蓋をゆっくり開けて中からハツカネズミを
そっと掴み上げ、泡立てた石鹸液をブラシの代わりに用意した豚毛の絵筆で背中に付けて洗っていく。
次は腹の方を洗おうと思い、掴む手の力を緩めてハツカネズミの体の向きを変えようとした瞬間
コイツは力強く脚で蹴って、手の中から飛び出してしまった。
「あっ、マズイ!」
一度捕まったせいかその逃げ足はとても速く、あっという間に小さな隙間に入り込んでしまった。
慌てて置いてある物を次々と退かしながら先へ先へと姿を追い、なんとか再び捕まえることが出来た。
腹や足など、残った部分を一通り洗い上げた後、頭を掴み体を水に浸けて泡をすすぎ落とした。
「頭の泡はどうしよう?」
水にドボンと浸けたら耳に水が入ったりしてマズイかなと思ったので、容器に張った水の上を
ハツカネズミに泳いでもらい、その泳いでるところを頭に水を掛けて泡をすすいだ。
まぁ、あんまり変わらんか。
濡れた体を丹念に拭き仮住まいのボックスへ戻すと、ハツカネズミは毛づくろいを始めた。
自分の顔をクシュクシュやっている姿は、ハムスターのそれと殆ど同じでなんとも愛らしい。
暫く時間を置き、もう体毛が乾いただろうと思い見てみると、粘着剤が落ち切れずまだ尻のあたりに
付着しており、そのせいで片足が尻にくっ付いてしまっていた。
ゴメンゴメンと思いつつも、また同じ作業の繰り返しをしなければならないことにガックリとした。
と同時に、粘着剤のあまりの頑固さに飽きれてしまった。
このまま片足がくっ付いたままでは不自由だろうと、再度油を塗り込んで粘着剤を落とした。
翌日、再度石鹸で洗い水気を拭き取って仮住まいに戻すと、時間の経過とともにその体が乾いていき
たくさん毟れてはしまったが、短いながらもフンワリと柔らかそうな毛並みが戻ってきた。
仮住まいの中には餌と水を含ませたティッシュペーパーしか入れてなかったので、火打石を使う時の
ティンダーとして取っておいたススキの穂を数センチ程に切って入れてみたところ、ハツカネズミは
安心したのか、その穂の中で眠ってしまった。
瞼を半分落とし、丸くうずくまった寝姿はなんとも可愛らしい。
このままウチで飼ってみたいという衝動も沸き起こったが、本来コイツは野に居るべき者。
ただでさえ短いネズミの生涯、残りの人生を人間に囚われて生きるのも本望ではないだろう。
リリースに選んだのは自宅から2kmばかり離れた場所で、川に面した薮。
wikiを見直すと「本来は草原性で、草地、田畑、河原、土手、荒れ地、砂丘などに生息する」と
あるが、まぁ似たような場所だし何とかなるだろう。
「もう人家には入るなよ、入り込んだらまたとっ捕まるぞ」
礼を言うかのような仕草など全く見せず、ハツカネズミはサッサと薮の中へ消えて行った。
顔を合わせていたのは、とっ捕まえてからたったの3日。
とんだ厄介者のくせに・・・
おわり
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動物愛護や不殺生を信条としている訳ではないので、害獣であっても殺してはならない
という考えは今のところ持っていません。
実際のところ、もしも掛かったネズミが小さなハツカネズミではなく、気味の悪い
大きなネズミだったなら、躊躇する事なくゴミ袋に入れて捨てていたかもしれません。
今回、ネズミを処分しなかったのは単にその場の感情によるものです。
ハツカネズミに可愛らしさを感じ、そんな可愛い動物は殺したくないと思ったからです。
人によっては「人家に入った以上害獣なんだからきちんと駆除すべき」という人もいるでしょう。
感情に流された行動が、悪い結果を生む場合があることも良く分かっているつもりですが
抗うことは出来ませんでした。
これが正しい選択であったかどうかは自分でもよく分かりません。
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この記事でなんとかやっと100記事目になりました。
みなさんありがとう、これからもどうぞよろしく。
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